頑張っても頑張らなくても良い理由

体験談

人生は頑張るかどうかではなく、自発的に行動するかどうかである。

こんにちは、砂肝産業のMr.パンチドランカーこと精神豆腐人間です。

人生は頑張るものではない

先日、Twitterでこんな投稿をしました。

皆さんは仕事、頑張っていますか?

僕は今、仕事を頑張っているかと聞かれたら、決して頑張ってるとはいえません。

この投稿の通りですが、僕は仕事を頑張る必要はないと思っているんです。

頑張る必要はないといいますか、どっちでもいいんだよ!というスタンスですね。

ということで、今日は人生において、頑張っても頑張らなくてもいいという話を考えていきたいと思っています。

ちなみに今は韓国のイルサン(一山)という町で、Airbnbで部屋を借りて長期滞在しています。

妻と子供は友達と食事に行きましたが、そろそろブログを更新しないと・・・と部屋にこもってブログを更新をすることにしました。

コーヒー入れてドーナツ片手に、窓から街を見下ろしながら、高速Wi-Fiでパソコンをいじるという、至福の時間です(笑)

ブログって僕にとっては仕事として取り組んでいる訳ですが、世間一般が想像する『仕事』と比較すると精神的にはすごく気楽ですし、更新を続けるのも全く苦ではないのですが、家族と一緒にいる機会が増えることになるので、仕事の時間をとりづらいというのが一番の問題なんです。

それでもこうやって海外にいてもブログは更新できますし、生活費はAppenでも稼いでいますし、貸してる不動産の家賃も入りますし、児童手当が2つの国から振り込みがありますし、まだまだ贅沢は出来ないのですが、複数の収入源が出来てくると生活に自由がどんどん生まれてきている実感をしています。


参考記事一覧

Appenって何?を読むブログはやった方がいいという話育児手当が二か国から出るという話Airbnbを使って安く快適に旅をする話

会社で毎日働いていると副業を頑張るのってかなり大変なことだと思いますので、まずは仕事を辞めて必死で生活費を稼ぐという体験を早いうちにしておくと、人生は大きく変わる可能性があると僕は思っています。

会社を辞めて必死になってみよう!

僕は27歳の時に自営業になって商売というものを始め、6年になります。

最初はやっぱり大変でした。

商売というものを今ほど分かっていなかったですし、やらなくても良い投資や勉強も沢山したと思っています。

でも今は、その経験も大いに役立っていますし、わざわざ嫌なことを仕事にする必要もなくなってきています。

商売のアイデアも沢山ストックしてありますので、6年間で築いたものを基に、それ以上のものを次の6年間で築いていけるので、もうあとは愚直にやり続けるだけだと思っています。

僕の経験のように、雇われをやめると最初は生活も大変かもしれませんが、どんどんと知恵や経験を積み上げていくことが出来るのは、最悪会社の都合が悪くなってしまった場合でも役立つ人生におけるサバイバルスキルですね。

今までの経験は自分の人生において貴重だったなーと今でも思うわけですが、逆に会社に入社して貴重だったと思う経験て、実はそんなにないんですよね。

会社を長く続けて独立できる人と出来ない人がいるように、シェフが店をオープンしても上手くいかない場合があるように、

なにかの技術を習得したからといってそれが決定的なスキルになるわけではなく、それよりも何もない状態からサービスや商品を生み出すことが出来るかどうかというのが、大事なポイントです。

日本でビジネスをするにおいて、確かに最低限の日本式マナーや考え方は知っておいた方が役には立ちますが、それも絶対ではないです。

逆にマナーを意識しすぎることで、本質が見えなくなってしまい仕事をとるづらくなる可能性もあるでしょう!

なのでマナーよりもその人がどの程度、その会社に必要なのかが大切ですし、マナーで断られてしまうようなサービスは長くは続かないと思うので、そもそもやらなくて良い仕事です。

世の中に本当に求められているものならマナーは関係ないですが、御社と仕事をしたいという前向きな姿勢は、どんな仕事を受ける上でも大切です。

いくら内心燃えていたって、やる気を分かりやすく見せてくれない人に気持ちよく仕事は回せませんよね。

人は成長するべき生き物

さて、人生頑張らなくて良いじゃん!という話なんですが、これには理由があります。

何かと言いますと、頑張ってるってのはイコール、辛いことなんじゃないの?

・・・と思うからです。

例えば100年前の貴族に仕える奴隷が頑張って肉体労働をすることが偉いのでしょうか?素晴らしいことでしょうか?

間違いなく奴隷は誰よりも頑張っていたと思いますが、だからといってそれが素晴らしいとは誰も思わないはず。

奴隷が仕事を頑張ったからと言って成長したとは誰も思わないはず。

人間は成長すべき生き物で、成長をやめるとその先には死が待っているだけの身になります。

だから頑張るかどうかよりも、成長しているかどうかが大事だと思うんですね。

僕は知り合いから見ると、頑張ってるね!とかよく言われる方なんですが、自分では頑張ってるつもりも一切なく、なんならすごくダラケてます。

多い時は1日に12時間以上寝る事もありますし、何もしない日だって沢山あるんです。

自分の親にも『楽ばっかりして』と言われますし、友人からも『普通じゃない変な奴』と思われてますよ。

ただ、頑張ってはいないものの成長はしていると思います。

自分の考えを貫く強さが大事だという考えと相手の意見を尊重するという考えのバランスも維持しようと常に意識しています。

大事なことは頑張ることではなく、行動すること、そして成長すること。

頑張っても結果が出ないのなら何も意味ないですが、頑張らずに結果が出せるなら素晴らしいことなんです。そしてそれが成長した証になるんですね。

気合いを入れて『ヨッシャー!』と始めるよりも、『ほとほどにやってこー!』くらいの方が長く続けられたり、精神的にも安定して物事を進められることも多々あります。

だから頑張ってるかどうか、他人の評価は当てにならなければ、それで稼げるかどうかも一切関係がない訳ですね。

モチロン、頑張るという行為は精神的に強くなければ出来ないし、その精神によって人を感動させることもできるものですが、別にそれが偉い訳でもない。

同じ結果が出るのなら、辛いことに囲まれながらの人生よりも楽して楽しく過ごす人生の方が誰しもの希望ではないでしょうか?

頑張っても頑張らなくても流れる時間は一緒。

それなら楽して、楽しみながら、生きていくほうが本音は良いはず。

だから頑張ってるかどうかを指針にしてはいけないというミスターコンプレインの小言でした。

人生なんか、多くの人にとっては死ぬまでの時間つぶしにしか過ぎません。

生きる意味だって別になく、生まれて、死ぬ、この2つが事実として存在するってだけの話です。

だから極論、人生なんだっていいのですよ。

金がなくたって、働くだけの人生だって、ストレスまみれだって、酒におぼれる人生だって。何でもいいし、どんな生き方でもいい。

人を殺めたり、物を盗んだり、人の悪口を平気で口にしたり・・・

他人の人生に干渉さえしなければ、それだけで素晴らしいことです。

人間はただ生きているということ自体が素晴らしい。

ただし、何か目的があるのなら、その方法を考えなくてはいけません。

生まれて、生きて、死ぬ。

これだけならそのまま生きているだけでいいんですけどね。

生まれて、楽しく生きて、死ぬ。

もし楽しく生きていきたいなら、その方法は考えないといけないし・・・。

生まれて、頑張って生きて、死ぬ。

こうなりたいなら、何でもいいから頑張ればいいし結果が出なくても頑張っていればいい・・・と。

人生で目的があるのなら、その目的に忠実に生きていく必要がある。

そんなところじゃないでしょうか。

次の記事では、『友達はどんどん変わるし、いなくなる』という話をしたいと思います。

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