やらされるのと自分からやるのが大違いな根本的理由

名言

こんにちは、砂肝産業です。

皆さんは「やりたいこと」って、何かありますか?

僕はやりたいことが無数にあって、中にはなかなか実現が難しそうなこともあるのですが、結局自分のやりたいことを全て実現しようと思うと「お金が必要」ということに気付き、アルバイトも就職もせずに副業や投資で生きていこうと決めています。

そんなやりたいことだらけの僕でも、誰かに「これをやれ」とお勧めされると、きっとその時点でソレをやりたくなくなると思うんです。

今回はその理由を考えてみたいと思います。

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やらされるのと自分からやるのは大違い!

さて、今回のテーマは「やらされることと自分からやることの意識の違い」です。

まずは結論ですが、「人間は自由を求める生き物」だからです。

人間は本心では「自由が好き」であり、好きに生きたいと願っています。

自分から「誰かに縛られて奴隷のように生きていきたい」なんてそんな人は、なかなかいないと思います。

その一方で、自由に生きたいと思っていても、どうしていいのか分からないという方が多いのではないでしょうか。

定年退職して以降やることが何もなく、1日中家でボーっとしてるっていう年配の方も多いですよね。

それは僕たちは幼少のころから「やらされて」きているからです。

今、まさに「勉強」をやろうとしている時に誰かから指示されると、とたんにやる気がなくなるっていう経験は、子供の時に嫌というほど経験した人もいるのではないでしょうか。

誰しもそういった感情は持っていたはずなのに、周りに合わせる生き方を叩き込まれてきたおかげで、

感情をおざなりにすることに違和感を感じにくくなってしまっているのです。

自分で気づいて努力するのと、人から言われて努力「させられる」のでは、意味が180度違います。

だから僕は、他人の行いや姿勢に対して関与することが、無駄で生産性のない「横柄な態度」だと思っているのですが、多くの人が普通に、無意識にそれをしているという事実があります。

今までやらされてきているのに、「やらせる人」がいなくなった時に、人はその環境に適応できませんので、

だからこそあらかじめ「自分から行動できるようにしておく」べきだと考えています。

子供も大人も関係ない!他人の行動を制限してはいけない理由

上で挙げたように子供は学校や家庭などで、やらされる機会が頻繁にあります。

子供は自分の指針というものが未熟なので、何かを強制させる必要があるという判断になっているのだと思います。

ちなみに僕の子育て論ですが、子供には嫌いなことはやらせないで、好きなことだけを伸ばしてあげればいいと思っています。

ですが、そんなことを考えもせず、なんとなく「勉強することはルールなんだから守らなきゃいけない」という意識を持つ人にとって、この考えは決して理解されないのも理解しています。

ルールが絶対なのですから、そのレールをはみ出すことは、悪でしかないんです。

先ほどの例でいうと、彼らにとって勉強することというのはルールであり、義務なんだから「何が何でもやらせる」という考えで、

そのレールとは「国語算数理科社会体育道徳」教科関係なく、好きでも嫌いでも満遍なくやっていこう・・・というものです。

その人がどんな人でどんな感情で、どんなバックグラウンドを持っているかを考えようともせず、ひたすらに定型教科を勉強させるわけです。

これは大人のエゴであり、そう教わってきているので、それ以外の方法が分かっていないのです。

極論ですが勉強なんか、やりたい奴だけやればいいんです。

散々勉強してきた上の世代の人達が、満員電車でヒーヒー言いながら暮らしてるのを見ていると、勉強を頑張らさせられても幸せにはなれないのは一目瞭然ですし、

そもそも「やりたくないのにやらされても大して伸びない」でしょう。

それよりもその経験が子供に与える精神への悪影響の方が心配です。

だから勉強をするかどうかは本人に決めてもらえばいいのですが、一方で子供には「やりたいと思わせる環境を提供する」というのは大事かなと思います。

だから子供が勉強や習い事に打ち込むかどうかは、親の子育てによるところが大きいと考えています。

子供が何にも熱中できていないのならば、それは親の教育の結果です。

自由に生きることを嫌う層は必ず出てくる

このように子供の場合は親の影響が大きいですが、これは大人に関しても同じです。

大人だって何事も周りに「やらされて」いては伸びないし、面白くないのです。

だから多くのサラリーマンが浮かない顔をして、通勤電車に揺られてるわけです。

そうかと思うと週末には息を吹き返したように街中の雰囲気が明るくなったりしますよね。

今目の前に座ってるサラリーマンの浮かない顔を見て下さい。

人生幸せかと聞いても、「それはない」と返ってきそうな表情をしているんじゃないですか?

では何故、多くの人が自由に生きようとしないのかというと、勇気がないからです。

そして勇気がない人というのは自信がない人、つまり臆病であり、その臆病さから他人を傷つけて自分を守ろうとする傾向があります。

その例が先ほどの「好き勝手やっていては駄目だよ」という態度をとってくる人です。

彼らは結局、臆病さゆえに「自分とは違う他人の人生」が許せなくなり、批判に走ってしまう訳です。

もっというと自由に生きようとすると前向きで明るくなるので、人によっては「自信を持ちすぎる」ことがあります。

自信を持つこと自体は良いことなのですが、テンションが上がってしまっていることで不用意な発言や人の気持ちを推し量ることをしなくなることで、反感を買ってしまうことがあります。

受け取る側の問題と捉えるか、発言する側の問題かどうかの判断は難しいところです。

そもそも人間は好き勝手に発言して生きていく生き物だから、他人の発言や意見なんかを、いちいち気に留めるべきではないからです。

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チャップリンの名言から見る「自主的」に動く意義

チャップリンの名言で、僕が好きな言葉があります。

その名言が、こちらです。

私は祖国を愛している。
だが、祖国を愛せと言われたら、
私は遠慮なく祖国から出てゆく。

これは正に今はなしている「やらされると気持ちが無くなる」という内容ですよね。

何事もそうなんですが、やらされていると感じながら物事を進めると、超絶疲れます。

ヘトヘトです。

会社行って帰ってきたらへとへとになっている状態というのは、つまりやらされているという意識が強いからです。

例えば会社経営者ですごくパワフルで、いつ寝てるのって人がいますよね。

そういう人って体力が凄くて、自分とは違う生き物だと感じてしまう人も多いと思いますが、実はこの意識の問題だけだと思っています。

自分からやっていると疲れないんですね、本当に。

だから頑張って働けるし、仕事に前向きに打ち込めるので成功にも近づける。

楽しいかどうかというのとは別の話で、ただ「やりたい」と思っているんです。

僕もそうです。

ブログやその他インターネットを使って「生計を立てたい」と思っているので、僕の睡眠時間は毎日3~4時間程度です。

ですが、全然疲れてる感覚はありません。

自分から動くと、疲れないし、人生を幸せに生きることが出来ますので、何かやる時は「前のめり」で臨みましょうという話でした。

コメント

  1. 英雄故事 より:

    こんばんわ
    ランキングから来ました
    やらされている人生はつまらないですよね・・・
    最近になってようやく気付き副業を始めました

    • Mr.TMr.T より:

      こんにちは

      やらされてる人生は何かしらの「メリット」があるから続けているのだと思います。
      そしてそれは多くの場合「お金」だと思います。

      副業で「やりたくないことはやらない人生」を目指してみてはいかがでしょう。
      コメントありがとうございました!

  2. RIE より:

    初めまして。
    自分からやるのか、やらされるのかで疲れる度合いも違う。というのはまさにその通りだなと思いました。
    子どもにも強制してしまっているなと反省です…。
    今やっていることもやらないといけないからやると思うのではなく
    これをすると私が嬉しいからやろう!という気持ちに変えるだけでも幸せな生き方になりますね!
    気づきをありがとうございました。

    • Mr.TMr.T より:

      こんにちは。

      「やらされている状態」はつかれるし、精神的にも良くないし、さらに伸びないし、で良いことないと思っています。学校はどうしても強制的な側面が強いので難しいですが、なるべく本人の自主性に委ねたいところです。

      前向きで取り組めれば、それたけで疲れないし幸せだし極められる。
      21世紀最大の発見は「考え方次第で幸にも不幸にもなる」ということではないでしょうか。

      こちらこそありがとうございます!

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